青山ぱせり日記

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初めて書かせてもらった記事

装苑で恥かきついでに、また大昔の事を。

丁度同時期にファッション情報誌にも
記事を書いていた事が有りました。

これをきっかけに色んな雑誌や情報誌にも関わりました。
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S屋から、あるデザイナーのアトリエに移って
1回目のショーがまあまあ成功して、
パリで例の楽しい時を過ごして(4月20日のブログです)

デザイナーの先生と古くからお知り合いの
ファッション情報誌の主幹の先生と編集長さんに
飲みに行った勢いで生意気にも25才の小娘が、
初めて行ったパリ情報を滔々と述べてしまった。

なんと元「 服装」というレジェンド誌の編集長のNさんは、
ファッションビレッジ創刊号にページをくださったのです。
利発そうでお洒落な彼女は微笑みながら、
色々と教えてくださいました。

あ〜 あのNさんの大人の表情やファッションは、
幾つになっても私には真似出来ません、
カッコ良過ぎて…きっと今もそうに違いありません。

その頃は、手書きの原稿用紙で、
コピーも取らずにお渡しするので、
結構 手を入れて頂いていたみたいです。
(国語は苦手な科目でした、英語も…)
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リゾン・ボンフィス
とにかく この人!とファンになると私は ただただ…
カジュアルなのに計算された服を作るこの人は元エルの編集者。
ジルサンダーみたいな経歴です。

女と男の作る服の比較など、自立した女の選ぶ服について
肩肘張らないしゃれたエッセンスのある彼女の服作りを
説明しています。

期待感ありありの文章に、いまと同じノリなのが…
まるで成長してません。💦
やっぱり文才は無いのです。

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2年くらいでNさんはTV局のプロデューサーと結婚され、
辞められてフリーランスに、勿論その後も仕事に
お声を掛けていただきました。

この情報誌には名入り原稿の他、記名無しの
デザイン企画ページも含めて5年くらい参画しました。
勿論、普通にアトリエでデザイン業もしながらの
公認の副業、2足のわらじです。

この後小さな連載コラム「はい!やってます」
を頂いて これは今読み返しても面白いです。
やるじゃん私!って感じです。それは又…



このモデルさんが肩にかけているゴールドラメのニットは
私もパリで買ってきました。今も持っています。

ラメという夜の素材をデイタイムのカジュアルに活かした
センスはなかなかです。

私はこれにパリのボンマルシェで買った、
ミス何とか(忘れた)ブランドのレンガ色の
小花プリントスカートを合わせてました。
そのスカートは今娘がまだ履いてます。
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見頃は少し変わった編み地らしい、ニット産地の山形へ着て行ったら
そこの社長に貸してくれと言われて、工場のサンプルを着て帰りました。
ボートネックと袖口は総針テープで切り替えてあります。

中にはちゃんとリゾン・ボンフィスのボロボロのネームが…
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とにかくラメ糸の割に細番手なので、ガサツな私は
糸引きばかりに、でも捨てられません。

メタリックヤーンなので、冷房で少し
お腹が冷えますが…

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by cenepaseri | 2018-09-10 09:00 | アート | Comments(14)
Commented by taekamede at 2018-09-10 09:06
刺激的な経験をなさって来たんですね。
ゴールドラメのニット、とってもパリらしく素敵ですね。
パセリさんの憧れのリゾン・ボンフィスさん、教えて頂いてうれしいです。私には新鮮な知識ばかりです!
Commented by cenepaseri at 2018-09-10 10:13
> taekamedeさん
あの頃はきっと手を挙げたもの勝ちで、何でも目一杯やって居ました。
みんな何や彼や目立つ事が好きだった様に思います。
その後 リゾン・ボンフィスはやっぱりジルサンダーの様にブランドを離れてしまうのです。
Commented by tori-hamami at 2018-09-10 10:50
おはようございます。そうです、そうです服装です 他の雑誌とは一線を隔して
おしゃれだった印象があります あの頃のモデルでティナ・ラッツお若くして
逝ってしまわれたけれど雰囲気があって好きでした
cenepaseriさん一線で活躍されていたのですね 凄い!
時間かまわず、夢を持って仕事していたような時代でしたね
パリのニットのおそらくコピーだと思いますが ボートネックで
お袖はパフスリーブあるいはフレンチ
見頃は凹凸のある鹿の子編みのような 45年程前 着ていた覚えがあります
 その頃まだ成田空港はなく羽田発着で欧州研修ツアーと称して13日間の研修に
参加させてもらえました  何もわかっていない小娘の頃です
(ほとんど観光旅行 )その際、ロンドンのBIVAで買ってきたボーダーのニット
今も捨てずに持っています
Commented by cenepaseri at 2018-09-10 11:52
> tori-hamamiさん
ロンドンのBIVA憧れでしたね、私はイギリス大好きでしたが、BIVAは行った事が無くって…
若い頃の仕事ではドイツやフランスでした、のちには行きましたが…
誰かにアップルグリーンのシーム入りストッキングをもらいました。
イギリスに住みたくて、会社を辞めようと思ってました。かなわなっかったけれども。
今みんな戻って来てます。やっぱり親とか、日本が恋しいお年頃です。
Commented by Diary-17 at 2018-09-10 17:09
パセリさん
前回の記事にコメントを送ったつもりが寝ぼけていた為か送っていなかった様です。
私は母や姉達が毎月装苑を購読していたので子供な頃からの愛読者だったのです。漫画より装苑やvogueの方が惹かれていました。
装苑賞!日本服飾デザイン界を担うトップデザイナーの登竜門ですよねー。
そんじょそこらの海外物のコピーではなく独自の感性と技術が際立った人達!パセリさんは本当のアーティストですね。
余談ですがモデルさん達も装苑モデルとか言われていましたよね。素敵なモデルさん達が多かったですね。
Commented by gallery-asaba at 2018-09-10 23:18
こんばんは
パセリさん、随分とご活躍でいらしたのですね。
又続きをとっても楽しみにしています。
明晩もお話したっぷり聴かせて下さいね。
Commented by cenepaseri at 2018-09-11 09:25
> Diary-17さん
えー、そんなに凄いものでは無いですよ。入口みたいなものです。
私は何度も漫画やイラストの方へ進みたかったのですが、
母が洋裁・和裁・編物が得意で方向付けられて、洋服の世界に進みました。
母の編んでくれたマーガレットを着ていたら、先生が「それは良いね〜
ショーに出すから、他人に見せないように。」なんて事もありました。(笑)
装苑は日本のファッションのインキュベーターだった様に思います。
Commented by cenepaseri at 2018-09-11 09:32
> gallery-asabaさん
いえいえ 浅羽さんこそ お話をいっぱい聞かせて頂きたいです。
若い時は全くTVも家電も必要無くて朝から晩までファッションでした。
今はまったりして居ります。
今夜は楽しみにしてますね〜
Commented by バロックパール at 2018-09-11 21:05 x
パセリさん、素晴らしい賞を取られていたのですね!
そして、このデザイン、あか抜けていて、今着ても全く古さを感じさせない。。。凄い

好きな道をコツコツと極めておられる、そのエネルギーが文章からも感じます。
6歳上の姉が昔、西◯武◯ 氏のパタンナーの仕事をしておりました。仕立ての良い服、高級な生地の違いを教えてもらったのが、今 少しは役に立っているように感じます。装苑も身近にありました!
ドレメ式という言葉も、なぜか私は昭和を感じます。夏の夕涼みがてら、母と姉と三人で、町の大きな生地屋さんに行って、OPの生地を選んで、母が夜なべして仕立ててくれたアメリカンスリーブのOPのことも思い出しました。ファッションは、音楽と同様に、その時代を思い出させてくれますね。
ファッションに夢とパワーがあった時代でしたね。
Commented by kitaoni at 2018-09-12 01:21
若い頃からファッションの世界で活躍なさっていらしたパセリさん、素晴らしいですね。
お洒落には興味あるけれど少ない仕送りの中から買うしか能の無い若者でしたから、そう言う世界とは縁も無く華々しいファッションの世界で活躍するパセリさん、眩しいようです。ブログによく出てくるS屋と言うのは きっと私が若い頃にお洋服を買いに行っていたお店なのだろうなと思うと懐かしく思っていました。新宿の高野とかS屋はよく買い物に行きました。40年以上も前の事、いえもう50年近く前の事⁈ 自分が何処に向かっているのかもわからず悩みながら絵を描いていた美大生でした。
Commented by cenepaseri at 2018-09-12 09:15
> バロックパールさん
西◯武◯氏とは中々のオートクチュールでは無いですか、大変なお仕事ですね。
私も植田いつ子さん、鈴木紀夫さんなどのクチュールにかなり感化されました。
丁寧なお仕事や、テクニックは私等がやっている既製服の分野とは違ってますが、
十分に活かせる部分が有りました。
大学だったので、文化式とドレメ式の両方を比較して習いました。
ドレメの方が立体裁断に近かったですが、難しかったので学生時代は専ら文化式でした。
子供の頃は 田舎でしたが 仕立屋さんが有って、京都で生地を買って仕立てて貰いました。
母も縫ったり、編んだりしていました。ファッションが遠かった時代です。
Commented by olive07k at 2018-09-12 09:23
文才もおありなのですネ@@
懐かしい時代の、、。
私はヒタスラ 赤坂 六本木で
呑んだくれておりました(ーー)
今だ、、アルこーる 辞めれないし(トホホ)
Commented by cenepaseri at 2018-09-12 09:29
> kitaoniさん
そんな…美しい方にはどんなシンプルな服も映えます。そうじゃないから、
オリジナルなお洒落して 何とかしょうと思うのです(笑)
特に美大の方は、Tシャツでもちょっと着こなしが違いますね、大学の隣が京都美大の彫刻科だったのでしょっちゅう入り浸っていました。
S屋は3年くらいしか居ませんでしたが やっぱり私の原点だと思います。
夏や冬は土日に売場協力で 新宿店によく居ました。お会いしていたかも知れませんね…
Commented by cenepaseri at 2018-09-12 09:50
> olive07kさん
私もですよ、仕事が早く終わったら 毎晩六本木へ、誰かが居ました。
文才は無いのです、あったら頑張ってますよ。
怖いもの知らずですから…直木賞とか、