1度目のショーで色んな雑誌に取り上げられて、
ハイファッションや装苑、ドレメなどから作品依頼も増えました。
よ〜く内情をご存知の編集者は今度は誰がデザインしてるの?
といきなりスタッフに質問されます。
私が全てデザインしている訳では無いけど…
相変わらず、先生は訳の分からない表現でケムに巻いてます。
装苑等は素材を提供されますが、ハイファッションは、確か
麻のニットドレス等と、色とアイテムを言われた気がします。
ニットデザイナーで売り出してるから、仕方ないのだけど…
ニットは特殊な領域です。
先生の飲み友達にニットアパレル老舗の社長がいて、
糸やサンプル屋さんを紹介してくれました。
(この先生、映画監督等有名人の知人が多いのだけど、皆屋台の友)
布帛のサンプル屋さんは数が多いけれど、ニットは中々
少ないので、貴重な存在でした。
麻のレース調のドレスはその社長さんが糸も提供して
機械編みで作成して下さり、素晴らしい仕上がりでした。
驚いたのが手編みのベッドカバーを依頼されて、紹介された
ニットのサンプル屋さんが、棒針で5日位で仕上がった事。
青天の霹靂、素晴らしいスピード。
実は私の母が編み物をするのですが、家庭機で1日3時間位
編んでいても、中々仕上がらないのでした。
プロの速さは特別なのか?母が遅いのか??
外部企画のお仕事が増えたのもこの頃からでした。
新しい提携ブランドを作ってネーミングやブランドの
ポジショニング設定からイメージを決めてデザインマップを
作ってサンプルメイキングして行きます。
これよりもう少し後ですが、ニットブランドを頼まれた時に
お願いしたのがこの方、京○さん、稀有な人です。
明治通にあったキャラバンだったか?のアパレルの
課長さんをS屋時代に知っていたので、ニットの
スポンサー探しにアポを取って、伺いました。
彼は何と社長の弟で取締役課長だった。
そして彼が懇意にしてる山形のニット工場グループが
2度目の秋物のショーのサンプルを無料で制作してくれる
事になりました。
山形のニット会社の社長さんや専務さんはとっても
面白いユニークな方ばかりで、ズーズー弁で通します。
言いたいことはズバズバ言うし、東京で有名デザイナーの
ショーがある時は、双眼鏡を出して、編み地をチェックしてました。
私がパリで買ったニットは山形の工場で即着替えを用意されて、お預け…
サンプルは1社が2型づつだったか、制作担当してくれました。
色出しを出して東京へ帰って来たら、2000色はいくら何でも
期日に染めが間に合わないからと、300色以内に減らしてと…
染料には一般的に羊毛、絹、ナイロンを染める酸性染料と
綿、麻、レーヨン、キュプラなどを染める硫化染料が有り、
混紡によっては2浴染めをしなければならないので、
サンプル染でも膨大な数になります。
ええい、ままよと、近い色は間を取ったり、違う糸同士を
一緒に染めたりして、何とか数を揃えて、翌朝、始発で山形へ
帰りは夜行の急行(グリーン)で帰って来ました。
新幹線の無い時代でした。
幸い読みは当たって、糸違い色違い作戦は成功致しました。
ショー制作はその頃 宝島の編集長だった萩原朔美さん、
とても楽しい方でした、その頃出立てのレーザー光線を使って
渋谷のエピキュラスホールで(あの桜ステージの坂の上)
目に光が当たったら失明するかも…なんて言ってました。
ヘア担当が伊藤五郎さん、お顔は存じていましたが、
ショーになると彼は素晴らしい才能を発揮します。
彼はOkazaki事務所に所属してらしたので、そこの
スタイリストと抱き合わせ、スタイリスト要らずの
センスの良さ、これはもう生まれつき、と思いました。
2回目は色んな会社の協力を得て、カットソーの素材なども
提供されて、先生が立体裁断だと、ハサミを入れて、
失敗したら、放って置き、目立つデザインばかりに力を入れ…
コートを作って中に着る服は??なので、
私は没になった素材でインナーやボトムをコッソリ作って
押し入れの天袋に 隠して置きました。
ショー直前になって、コーディネート会議の時に
それが役に立ったのは勿論です、それから先生は
「僕に内緒で作っておいてくれるかな〜」と言うのですが…
内緒で何を作ってるのかが、気になって、何?何?見せてと…
見たら又何かをくっ付けたくなる=コーディネートが出来ない
2回目のショーも文句なしに大成功しましたが、
帰ってきたら作品のダンボールが足りない、即探しに
行って貰ったけれど、無いです。と戻って来る。
自分で行って、会場担当者や、ゴミ出し経路を辿ったら
ゴミ置き場で見つけました。危ないところだった。
それ以来私は無くなった荷物を探し出すのは結構得意と自負してます。
しかし私物は何処へしまい込んだやら、見つかりません。
その頃先生と取締役の経理担当者から、少額ですが、
株主にならないかというお話がありました。
大きな金額なら、良いですが…とお返事しました。
僅かな株主になっても、自らの意見は言えないのでは?
嫌々理不尽な事はしたくない、と考えたのです。
その思いが当たっていたのか、そのお話はその後断ち切れて…
この頃取引先兼スポンサー関係の方から、影武者だから
頑張ってね、と、言われていたのも嫌でした。
2回目のショーの後も…三々五々とスタッフは変化
一区切り着くと新しい事を始めたくなるのでしょう。
此処のスタッフの中に後に自分でブランドを立ち上げた人も…
ロンドンやパリへ行ってホームシックになって、さっさと
帰ってくる際に、勿体無いからとエジプトに立ち寄り、
羽田で赤痢を疑われて、隔離された人も…
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