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青山〜チトフナぱせり日記

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氷雨会とNYさん

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私はTファクトリーの時から知っていて、そして
独立してからの方が関わりがあったのが、氷雨会

繊○新聞のO田さんや商○界、日経トレンディのA川さん等の
アパレル専門誌の業界で(元はNYさんを囲む会?)があり、
名前は氷雨会、と言ってました。


発祥を詳しくは存じませんが、このNYさんは業界の有名人
此方のブログの後半、香港で写真に写ってるサングラスの女性
奇しくも彼女も国生さゆり似でした。


他にもその頃作家の伊集院さんのお姉様西○栄子さん
(松屋にお勤めで)メインでいらした、今はステンドグラス作家
持ち込みパーティは松屋のデパ地下から…

恵比寿のデザインスクールヴァンタンの菊池織部さんの
学校の応接室で月1パーティが開かれていました。
その頃織部さんが出始めた大きな携帯電話を肩に掛けてたのを思い出します。

毎月その頃話題になってる人をお招きしての飲み会で、
モダンな服を発表してる方が、実はワンレンの
お姉さん好きのトラッドだったりして
その意外性が楽しかったです。

その方はその頃、南の国の海で大きなシャツドレスを
翻すCMで話題になった。撮影後、島民にシャツを
切って配ったら、濡らす前に欲しかったと言われたと…
くだらないことは覚えています

知り合いのSデパートの方がS屋の元上司と大学の同級生
で同じ軽音部で。誰が呼んだのか?来て演奏してくれたり…
知り合い同士が知り合いだった、本当に狭い世界なのです。

毎年12月は有名ホテルでクリスマス会をやりました。

メインメンバーは数年前にお亡くなりになったO田さんで、
私が想像するには多分NYさんと元お付き合いをしてた?
周囲が傷心で氷雨会なのかもしれない。

NYさんは大阪の公立大の被服科卒で、K学院大教授が
大阪でやってたFBO(ファッション・バイイング・オフイス)
に在職し、多分フリーになって東京へ…

NYさんと一緒にTファクトリーでお仕事をする様になり
「参加しない?」と誘われたのでした。

Moreにその後のNYさんを…

NYさんが米国のNYへ行ってしまって…
残された氷雨会、何事も無かった様に続きました。

繊○新聞のO田さんは若い可愛い彼女ができて、
(その後彼女は、○松ストアを辞めて一流ファッションディレクターに)
日経トレンディのA川さんは別れた元嫁とヨリを戻し、
(その後また別れた模様)

皆で軽井沢へ行ったり…
それもここはS屋のプチリゾートホテルで、びっくり
(あのレベルが低いと、上下でバトルのあったプチホテル)
氷雨会とNYさん_e0397389_14234918.jpeg
黄色い服の右後ろに立ってるのは菊池織部さんだ。
男性はどこへ行ったるのか?
写ってるのは女性ばかりです。

私のお隣に立ってる方がA川さんの西日本の新聞社にお勤め
だった奥様、この頃は育児記事を書いてました。
妹さんが萩尾〇〇〇さん、やっぱり美しいです。

そのお隣はスタイリストさん、この頃はボランティアで
ワンコイン弁当をお年寄りに配っていました。

40年前の写真だから、公開して いいよね〜



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彼女は美人で頭脳明晰、だけど惚れっぽい、そして飽きっぽい

独立した頃、お互い神宮前で事務所が近くて、
お仕事を紹介したり、されたりしてました。

ある日仕事でCMプランナーの男性を紹介された。
もちろん衣装のご依頼です。

本人から聞いた話(そんな事初対面で普通言うか?)だと、
妻子を置いてフランコ政権時のスペインへ行き、そこでも
結婚、ガチガチのカソリックの妻子を置いて帰国、
妻はその頃はスペインでは離婚もできず、男性は初めの
結婚の離婚もしていないのに、又々、帰国後次の妻子を…

中肉中背見かけは…、蓼食う虫も好き好き


何処が良かったのか? その後
賢い彼女がその男性と米国へ逃避行、
NYの寿司屋で住み込みで働いてたらしい。
(あの香港でのお仕事の後です。)


その後、帰国し、夫婦で外タレの呼び屋をしてました、
子供が出来、籍は入れず、その方が社会保障が手厚いと…

私は見てませんが、娘は父親にそっくりで眉毛が縦?と
聞きました。しかし子供は頭脳明晰だった様です。

偶然青山の私の住まいの向かいのブランド食器店の
セールで出くわした事はあるのですが…
あんまり話したく無さそうで…

彼女が幼い時にご両親が離婚され、継父がいたそうで…
父親が浮気をしたと思っていて、大学時代に父と再会して
尋ねたら、母の浮気だったと…ショックを受けたそうです。

頭が良くて、皆に頼られ、仕事をするより、
その道を選んだのには、きっとそういう心情…だったのかな〜?


by cenepaseri | 2025-08-14 09:00 | 仕事史 | Comments(4)
Commented by koito_hari616 at 2025-08-14 11:28
こんにちは

お写真は夏休みの1枚なんでしょうか
この時代は良いですよね~
写真に写っているお子さんたちも自分たちのお子さんが居るのでしょうね
1号くんもそうですよね♪
リンク先に行ってぱせりさんのバリバリ仕事をしている姿を
拝見して。。。凄いなぁ。。。と、思っています✨
Commented by cenepaseri at 2025-08-14 12:47
> koito_hari616さん
そうですよね、40数年前の写真ですから、もう皆40〜50代ですね。
よく考えると、びっくりです。
この時代は、貧乏暇なしで、ジタバタしてる時でした。
それでも充実感があって、やればやっただけ報われた気がします。
子供の頃から自分は何か仕事をして、生きて行くのだと考えていたので
あまり、深くは考えなかったのです。
母も母の姉妹も皆仕事をしていたので、自然な成り行きでしょうか?
昔は家事も大変でしたから…あまり得意で無かったので…( ̄∇ ̄)
Commented by kimanba at 2025-08-14 21:18
思い出は飴玉と一緒ですね〜
楽しいばかりじゃなく、
大変な想いをした分もあったとしても
ときどき取り出して舐める。。なんとも言えない美味しさ甘さ
むしろ大変だった分の方がより心に刻まれ
歴史の重さだけリタイアした後の人生をより彩ってくれますね〜
ぱせりさんの想い出話で思った事です☺
Commented by cenepaseri at 2025-08-15 08:36
> kimanbaさん
よくよく思い出してみれば、良かった事より
大変だった事が思い出されて、(この後ですが…)
アレ?こんなに苦労してたっけ?でした。
お金の苦労もありましたが、人間関係の苦労が勝るかな…
今はのんびり…昔の友人と昔話をし合いっこ。